日本の畜産業の課題とその解決策

はじめに~高い生産コスト構造

家畜・家禽を育て、肉や卵、牛乳などの畜産物を生産するためにはさまざまな経費(コスト)が掛かりますが、日本の畜産の経営コストの中で、畜産物生産の基礎となる飼料費が占める割合が高くなっています。飼料費のコストは畜種により異なりますが、その割合は畜産農家の全経営コストの40~60%超に達すると報告されています。家畜に給与される飼料には、大きく分けて「粗飼料(牛に給与される牧乾草など)」と「配合飼料」の2種類があります。
効率の良い畜産物の生産を行うために、養鶏・養豚経営には配合飼料が使用され、一方で養牛においては、その双方の飼料がバランスよく活用されていますが、この2種類の飼料のうち、使用量の多い配合飼料に絞ってみると、輸入品の占める割合は90%近くに達しています(図1)。国内で製造されている配合飼料に40%以上含まれているトウモロコシも例外ではなく、そのほとんどを輸入品に頼っているのが現状です(図2)。

このような状況下では、為替レート(円高、円安)・海外から日本に輸送するための海上運賃の変動や、輸出元の国の生産状況、日本と同じように飼料原料を輸入している他の国々との需給バランスなどのさまざまな不確定要因により、飼料原料価格の急激な高騰、不安定な供給などの問題が生じる可能性があります。またこれらの事情により、元々経営コストの中で高い割合を占める飼料費の割合がさらに増加し、生産者の経営を圧迫することにも繋がります。現実に、アメリカのバイオエタノール政策や2012年の世界的な干ばつ、あるいは直近の為替レートの急激な変動など、配合飼料価格に多大な影響を及ぼした事例も近年多く認められています。日本の飼料費が諸外国と比較して高いのも、このことが主因として挙げられるでしょう。

生産性改善による生産コスト低減の可能性とその取り組み状況

このような現状に対しては、食品残さ(余剰食品)の飼料化(エコフィード)、粗飼料(稲わらや稲を発酵させた粗飼料)の活用、耕作放棄地を利用した放牧など、国内で調達できる飼料原料へのシフトを念頭に置いた、さまざまな対策が取られています。しかし、これらの活用は限定的で、抜本的な対策とはなっていません。以上のことから、輸入牛肉との差別化が可能な和牛等を除き、他の大多数の畜種にとって、安価な輸入品との価格競争力を持つためには、高価で貴重な飼料原料をより効率よく利用することが現状の必須課題であると考えられます。
家畜が、飼料をより効率的に利用するために用いられる製品は多くありますが、いわゆる「飼料安全法」という法律によって規制されている「飼料添加物」と、それ以外の「混合飼料」とに大別されます。飼料添加物のうち、「飼料が含有している栄養成分の有効な利用の促進」を目的とするものには、抗菌性飼料添加物・酵素・生菌などが含まれます。一方、ある特定の成分の補給等を目的とし、2種類以上の飼料を原材料とする「混合飼料」には酵素・ハーブ・生菌剤含有飼料などが挙げられます。ちなみに、飼料添加物は、安全性などに関する様々なデータ提出が必要となるため、混合飼料と比較して使用が可能となるまでには通常数年(長い場合は十数年)を要します。

生産性改善資材(飼料添加物・動物用医薬品等)の科学的な安全性確認

飼料添加物に属する抗菌性飼料添加物に対して、科学的データに基づき判断される「安全性」については、それらが指定・認可される際、またその後もさまざまな審査・評価が行われています。その一つである、内閣府食品安全委員会において実施されているリスク評価では、畜産動物に使用される抗菌性物質(抗菌性飼料添加物を含む)に対し、それが元になって人体あるいはヒト用の医薬品の効力低下(耐性化)に影響を及ぼす恐れがあるかどうか、について科学的に評価され、その結果に基づいてそのリスクを回避するために、農林水産省によるさまざまなリスク管理措置が取られます。なお、動物専用薬については、これまでに終了している評価では「無視できる程度」(最もリスクが低い)となっています。ちなみに、混合飼料についてはこのようなリスク評価は設定されていません。
また、製剤の成分残留の判定基準である残留基準値(Maximum Residue Limit :以下MRL)についても畜産物の部位別、成分ごとに設定されています。近年では、畜産物流通のグローバル化に伴い、食品・農畜産物・動物用飼料中の動物用医薬品などについて、MRLの国際基準が定められています。その国際基準である Codex MRLは、国際連合食糧農業機関(FAO)と世界保健機関(WHO)が設立した、食品の国際基準を作る政府間組織であるCodex委員会により作成され、加盟国・団体に勧告されます。2014/5時点で日本をはじめ世界185カ国・1加盟機関(EU)が加盟しており、加盟国・団体は基本的にこのMRLに準拠しています。また、その設定方法については日本・欧米ともにほぼ同じ考え方に基づいています。
日本の畜産物の輸出入についてもこのMRLが適用されていますので、畜産物の生産に使用されている製品については、それぞれの設定されているMRLを上回らなければ、畜産物の輸出入の障壁とはならないということになります。つまり、日本国内では使用が認められていない動物用医薬品や飼料添加物などについても、MRLを超えなければ問題ないため、輸入されてくる畜産物に使用されているケースが多々あるということになります。もちろん、これらの成分のMRLは国際機関において科学的データに基づく厳格な審査を経て設定されており、安全性については問題ないと言えます。

日本と輸入先国の規制の違い ~ 国産品と輸入畜産物の整合性をいかにとるのか?

ここで問題として挙げたいのは、日本の畜産現場で使用できない多くの有用な製品が、ライバルである海外からの輸入畜産物の生産に活用されている、という現実です。これらの製品の活用により、諸外国では畜産動物の発育の改善や飼料の有効利用の改善が図られており、その結果、ただでさえ不利な諸外国との畜産物生産のコスト差が更に拡大する、引いてはそのコスト差が価格差に反映され、日本の畜産物の競争力が低下する、という事態が起きています。
今後、自由貿易協定(FTA)や環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)などのさまざまな貿易協定の締結により、世界的な貿易自由化の風潮は今後さらに増していくと予想されます。価格競争の面で日本の畜産を取り巻く環境はより厳しくなっていくでしょう。飼料資源は逼迫し、諸外国との争奪戦の中での更なる価格高騰の可能性も高いことから、貴重な飼料資源の有効利用は必須事項と言えます。このような状況に置かれている日本こそ、科学的に証明されている優れた製剤の活用が非常に重要です。日本の畜産の国際競争力を本質的に改善するためには、未だ国内で活用できていない新技術の安全性・有効性について、科学アプローチに基づき公正に評価した上で、積極的に活用していくことが必要であると考えています。